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生きて、います。

書こう。

何か。
何かしら。




……と、思ったはいいが。


なかなかどうして、進まない。。



しかも、春くらいからずっと(爆)



まず。

なにを、なにから、
書いてよいものか。

とゆう葛藤も、あるとは思います。

や、とゆうか、今MAKOが書きたいことって、何だろうって。


胸に浮かんでは消える感情の粒が、
なかなか自分でも、うまいこと捕まえられなくて。
そもそも、総じてそれが、プラスの感情なのか、マイナスの感情なのか、
それがもはや、わからなくて。

そうすると、着地点がなかなか見出せなくて。



そして。
書く暇がない。

とゆう制約も、確かにあると思います。

客観的に仕事が忙しいかどうかは別として、
実際問題、毎日朝から深夜まで働いているので、
単純に、時間がありません。



結果として、何かを書こう、書きたいと思っていても、
その内容に、あらゆる理由から、のめり込めない自分がいて。



だけどね。

何か「書きたいな」って思ったのは、
ほんと、春くらいから思ってたの。
それを、ここでの「書く」って行為として動機を持ったのは、
そのきっかけになったのが他でもない、KAT−TUNだったから。


春、KAT−TUNコン、行きました。何度か。


それ以来、すごくすごく久々に、
彼らのことを考える尽くしてみたんです。
それから曲を聴き尽くしてみたんです。


そして。
でもなかなか「書く」とゆうことに踏み切れないまま、
ぐずぐずしているうちに、
今までのエントリ、ずっと以前のから全部、
読み返してみたり、しました。



わたしが、なかなか「書けない」のは。


-----------------------------------------------------

まだ答えを出すことのできない命題に、
24時間毎日毎日、いついかなるときも、
常に迫られているからかもしれません。


そうゆう意味で、
答えを出せていなくって、「わからない」し、
答えを考え過ぎて、「時間がない」。


わたしは、どうゆう自分に、なりたいのか。



むかしのエントリ読んでみて、
当時はあまり思わなかったけども、
確かに単に活字として客観的に見てると、
病的なスケジュールを生きてたみたいだねMAKO(爆)


なんだけど、あの頃、
「そんな中」で「ヲタ事」を充実させることができていたのは、
「それ」と「ヲタ事」が、完全に自分の中で“別腹”だったから。



今。わたし、社会人3年生に、なりました。


時間的な制約は、確かに相当キツいと思います。
毎日、朝から深夜0時過ぎまで働いて、
帰れない日も珍しくありません。

一応、カレンダー通りのお休み、とゆうことになっているけれど、
土日の出勤も珍しくはないし、
入社以来、自主的な「休み」を取ったことは、
1日も、ありません。


だけどね、それはむかしからそうだったし、
MAKO的に、時間の制約や労働時間・拘束時間の長さってのは、
大した問題ではないのです。


だけど、あの頃と違うのは。


毎日、24時間、「生きている」限り
「働いている」とゆう、この感覚。
この世の中に、今、「別腹」は、ありません。
全部、つながっていて、然るべき。



会社の、とゆうよりもこれは、
MAKO自身の、問題なのだけれど。


うちの会社は、とゆうか社長は、
「生きること」は「働くこと」と限りなく同義だ、とゆう考え方の人で、
そのつまるところの意味に大きく同意したからこそ、
わたしはここに入社しました。


MAKOは、MAKOも、働くことは、生きることだと思っていて。
当然じゃん、て感じかもしれないけど、
限りなく同質のもの、って意味なんだよ、MAKOにとって。


生きるためにはごはんを食べなくちゃいけなくて、
ごはんを食べるためにはお金を稼がなくちゃいけなくて、
お金を稼ぐためには働かなくちゃいけなくて、
ってゆう当たり前の摂理に対して、割と意識的な方だと思っています。
その当たり前の摂理を、理性的な因果ではなく、
本能的に、同質のものとして、捉えている。気がする。

それがどうゆうことかってゆうと、
つまりその「働く」とゆうことは、生命活動とゆう意味での「生きる」ことである。
と同時に、「幸せへの道程」だとも思っていて。


たとえば上の摂理でゆうなら、
「働く」とゆうことが、「食べること」を目的とした、単なる“手段”であったとしたなら、
「働く」ことそれ自体に、全くの旨味がないんだとしたら、
それって、人生の時間の大半、もったいないじゃんって思って。
「働く」ことそれ自体にだって、幸せを求めたいよ。



だから、MAKOにとって「働く」ことは、
生きる“手段”であると同時に、“目的”でもあるんだ。


だけどここでゆう“幸せ”ってのは、MAKOにとって、
「うれしい」「楽しい」とゆう意味だけでは決してなくて。
たくさんぶつかりながら、転びながら、傷付きながら、
だけどいつも胸にいっぱいの誇りを掲げていられるような、
そうゆう、大きな意味での“充実”を意味しています。

せめて、一生懸命になれることをしようって。
一生懸命でいることは少なくとも、MAKOの幸せの第一条件だから。


だけど。
毎日、自発的で、精力的でいるのって。
すごく、精神力のいることで。
入社を、この考え方を、後悔した日なんて、
それこそ瞬間的にだってないけれど、
でもそれは、「同意した」からって、
それが「できる」とゆう意味ではなくて、
「やる」とゆう意志でしかなくって、
なかなか「できない」意志薄弱な自分が、
やっぱり努力を「やらない」自分が、
許せなくて、鼓舞でなく嫌悪しかできなくて、
結構苦しい、毎日です。


いやあ。
生きるって。
とても大変だよ。


「一生懸命」で、初めてスタートライン。
まだまだ、なかなかそこに、たどり着けないでいます。



これは決して、世の中の楽しいこと、
それこそMAKOにとってはコンサートだとか、
誰かと遊びに行ったり、恋愛したり、
そうゆうことを犠牲にして、諦めて、ってゆうんではなくて、
その「生きている」時間のすべてが、
原因であって、結果でもあって、そんな風に、
ひとつの輪になってるってゆう感覚。

すべてが充実の原因であって、そして結果でもあるとゆうこと。
幸せに「生きる」ことは、「働く」こと自体が、幸せである、とゆうこと。



働くことで得られる、幸せ。


なかなかその理想に近付けなくって、
ぐるぐると迷ったり悩んだりしながら、今に、至ってます。





社会に出ること、働くこと。

それはMAKOにとって、とても大きな命題であって。


そう考えると、MAKOにとって、
お仕事って、お金を稼ぐことって、すごく尊いものなのです。
いやいやでも、楽しくても、つらくても。


お金、大事だよ。
「生きる」ことに、「一生懸命」を与えてくれるから。


そのお金を、“誰から”いただくのかって、
どんなお仕事も、自分のところにお金が入ってくる限り、
その「元」は、必ず存在するよね。


お店やメーカーだったら、商品を買ってくれる、消費者個人がお客様。
対企業であれば、取引先クライアント。


お客様も、生きるために手に入れたお金で、
更なる幸せを手に入れるために、
こちらに支払ってくれる、お金。



お客様の幸せなしには、自分の幸せなんて、ありえない。

MAKOはどちらかとゆうとB to Bの会社だから、
お客様は取引先の企業である場合がほとんどで、
つまり、お客様の幸せとゆうのは、お客様の業績UPなわけです。
自分が「食べる」ためには、お客様をまず「食べさせて」差し上げなくてはいけないの。


だから、自分の幸せ=お客様の幸せであり、
お客様の幸せは、自分の幸せには絶対の必要条件なんだよ。


いつか亀ちゃんが、あらゆる愛情の存在について言及していたね。
その中に、仕事への「愛情」。


これ、正にほんと、そのとおりだと思う。
当時も心からそう思ってたし、今も変わらず、改めてそう思う。


心からお客様を愛さなくては、本当の意味での思いやりを持てない。
お客様を喜ばせることは、好きな人を喜ばせることと、似ている。
お客様の心を動かすには、相手にとって唯一の想いを持たなければ。

それって、“愛情”以外の何物でもないと思うんだよ。
お客様を愛して、幸せにして差し上げることで対価を得て、
それを愛する仲間、社員同士で分け合って、
その「輪」全部を誇らしいって、そんな風に仕事を愛して。
そうして生きることが、MAKOが本当の意味で「生きている」とゆう意味で。


これはね、「何をするか」じゃないんだよ。
とにかく、「思いやり尽くす」の。
そうすると、自ずと見えてくる。



仕事をするって、そうゆうことなの。
MAKOにとって。

働くこと。食べること。生きること。幸せになること。愛すること。
全部、一直線。
それでいて、ループしてる。
それでいて、重なってる。
全部が原因であり、結果であり、目的であり、手段であり。


コンサートでさ。
誰かしら「今日はいやなこと全部忘れて楽しめよ!」的なこと、ゆうじゃない?
KAT−TUNでゆうと、亀ちゃんとかかな。むかしの仁くんとか。


あれ、このことば自体には、すごくすごく、
何度も救われてきたし、実感してきたんだけど。


でも、こんな風にぐるぐるしてしまっているとき、
「忘れる」ことがいちばんの解決策なんではなくって、
「考え尽くして、そのぐるぐるのもつれをほどくこと」をしなくては、
結局なにも変わらないんだなって。
や、とゆうかね、そうゆう種類のぐるぐるを抱えることが、多くなったんじゃないかなって。


だけどそれを、ほどくための手段は、
全然別の糸口があるかもしれないよね。

そう思い至ったとき、いったん「忘れさせてもらう」ことで、
全然別の糸口に気付かせてくれたことも。
思えば一度や二度じゃなかったなって。



***


そういったあらゆる意味で、MAKOの会社の社長は、
100%賛同できる人なんです。

すべてに、愛を持ってくれてる。

この先何があっても、社員のことを絶対に愛してくれるし、
愛してるから信じてくれるし、
裏切られることは絶対にないって、言い切れる。
わたしの、社員の、社員の家族の人生を、丸ごと、背負ってくれる。
それを、言動だけじゃなくて、態度のすべてで、示してくれるの。
本当に、どこにも、一点の嘘もない人。

社長にとって、「お客様は神様」「社員全員を食わせてやる」って、
全部全部、本気なんだよ。


だから、絶対社長の前で、嘘つけないの。
何一つごまかすことができない。
全部、恐いくらい見透かされてるんだよね。
もうほんと、いつも丸裸。社長の前だと。


だから、めちゃめちゃ死ぬほど恐いけど、
誰よりも恐いけど、
誰よりも、100%信じてる。



自分の仕事が、会社が、他と比べてどうかなんて、
そんなことMAKOにはわからないよ。
MAKOは他を知らないから。

客観的事実として、今に至るまでに、
同期がMAKO以外全員辞めてしまったりだとか、
就労環境が苛酷だったりとか、それは、あるかもしれないけどね。


それでもMAKOは、他を知らないから。

そりゃ、今より楽な仕事は、いくらでもあるんじゃないかと思うよ。
それとおんなじで、もっと大変な仕事だって、いくらでもあると思う。


だけど言い切れるのは、お金を稼ぐ以上、
どこも少なからず大変だし、つらいし、
ここである程度自分の力で幸せを掴むことができなければ、
どこへ行ってもそこで幸せを掴むなんてできないってこと。


そして社長のことは絶対に、わたしから裏切れない。
社長にとって、裏切るってことは、嘘をつくってこと。
自分に、社長に、嘘をついて、忠誠を誓ってるフリは、絶対できない。



だからきっと、心から胸を張って巣立つのならそのときは、
誰よりも応援してくれる。
それも、確信しています。
欲を言うなら、いつか少しだけでも、認めてほしい。
いちばん身近で、でもいちばん果てしない目標かもしれない。


「辞めたい」って思ってるわけじゃないよ。
だけど常に、「生きる」ことをリアルに感じながら、考えながら、
向き合いながら、耳を澄ましながら、毎日を過ごしていること。
それは結構、強く決意したり揺れたりの繰り返しだから。



誰かと会う度、「きつい」とか「つらい」とかばかり吐いてきたけどほんとは、
自分で選んだこの場所を、心から後悔したり嫌悪したことなんかないの。


だけど今に至るまでに、
自信を失って真っ暗になったこと、
どうしようもなく「生きる」ことがつらくなってしまったこと、
あったし、正直今も、拭い切れない。ちっとも。


今ここに書いてることだって、自信を持って断言できることでは、決してないの。
明日には、崩れ落ちてしまうかもしれない、折れてしまうかもしれない、
そんな、“信念”とゆうのもおこがましいほどの、
単なる虚言とかかもしれないんだよ。


だけど、MAKOがひとりの人間である限り。
感情を飼い慣らしながら、ときに持て余しながら、そうゆう存在である限り。
ゆらゆら、ぐらぐらしながらでも、歩みを止めてはいけないと、
歩む方法を、方向を、模索し続けなければいけないのだと、
そうゆう、「葦」でありたいと。
MAKOが生きている証として、そう、思うのです。


そしてそれは、会社がどう、とかじゃないと思うし。
結局MAKOがMAKOでいる限り、
どうしたって、どこ行ったって、そうなんだと思う。


「答え」はもしかしたら、出ていない、わからない、
そうゆうわけではないのかもしれない。
何となく、明言化したくない、だけかもしれない。
だって、「やらない」「がんばらない」その“理由”が、なくなってしまうから。



そんな、毎日ですよ。ってゆうね(苦笑)
24時間。365日。
くはーーーーーーーーーーーーーーー



ここで何が言いたかったかってゆうとね。
MAKOの人生観を語りたかった。

ってゆうんでは、実はなくて。(こんだけしゃべり尽くしといて!爆)


もし今後、仁くんやKAT−TUNの、
デリケートな部分に触れることがあったとして、
なるべくそのニュアンスに正確さを吹き込みたいから。
その前提として、ね。


MAKOを、わかってほしい

…わけでは決してないんだけれども、
念頭に置いといてほしい、ってゆうか。もしものために。


彼らのこと、こっちでは書けないかもしれないけど。


ただ。

MAKOの自覚において。
今でも立派な、ファンです。わたし。


それは、言えるけどね、とりあえず ^皿^

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