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飛び込み前転 な キモチ

KAT−TUNがすき
赤西仁くんがすき
ほんとすき 大すき 寝ても醒めても。
それはもう
飛び込んで回ってしまいたいくらいに。
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そうなんですけど、そうじゃないんです。
こんな時間に更新する辺り、特に何の成長も見られないのは、ほっといて(爆)


あの、何だかほんと、びっくりするくらい、ご心配をおかけしてしまっていたようで、、
それはもう本当に、申し訳ございませんでした。
メールにコメントに、ありがたいメッセージをたくさん頂戴しまして、
本当に恐縮しておりますと共に、心から嬉しく感じております。
ありがとうございました。


でもあの、いっぱいの方にご心配いただいたような、
それは、半分くらい「そうなんです」けど、全然「違うんです」。


……おいおいなかなかに意味不明だぞ。



えーとえーーと、何からお話ししましょうかね;
うーーんと、確かに、目まぐるしく色んなことがあったにはあったんですけど、
でも、たとえば「どうしたの?」とゆう問いかけに対する回答としてそう答えるには、
ちょっとそれはごまかしている気がする…感じ。。
や、ごまかすもごまかさないも、そんなん勝手な自己満な感覚ですけどね;


その、今ちょっと、「ごまかし」た部分。
たぶんきっと、MAKOにとってデリケートなものかもしれないんだけど、
今書かないとたぶん、このままタイミング逃し続ける気がするから、
ちょっと、いやかなり、怖いけど、垂れ流してみようかな。


このエピソードに、KAT−TUNは絡んでくるとは思うけど、
それは「MAKOにとってのKAT−TUNってゆう存在」って意味だから、
実際のKAT−TUNとは距離をとって捉えていただければ。。はい。



理解をしてほしいお話では、ないのです。
だけれども、誤解は、極力避けたくて。
なけなしの脳みそを駆使しながら、一生懸命、言葉を選びながら書いたつもりです。
だから、なるべく編集しないで受け取ってもらえたらいいなぁ。(ってゆう願望、爆)

そして間違っても、共感してほしいお話でも、ありません。
だけれども、意見の相違はあれど、非難されるべきことではないと思っています。
たくさんの葛藤を経て、私なりの自己反省だとかも併せた上で、
それでもいちばんデリケートな部分を正直にそのまま晒したつもりだから、
これ以上どうしようもないんだもん。


それを。
わざわざこうして書いたことにも、私なりの決意や真実があるんです。



それから意図せずも、機種によっては携帯からではご覧になれないかもしれません><
(ごめんなさいなかなか切れなくて>< >Keiさん)



妙に煽るような書き方をしてしまって申し訳ないんですが、
ほんと、半分「そう」な気もして、でも、全然「違う」ような気もして、
そんな風に、ふらふら安定しない思いを抱えて、いろいろな迷いや不安を抱えて、
ただただ毎日を過ごしていました。

「何が?」ってゆう問いに対する答えは、とりあえずぼやっとさせといてほしんですけど;
てゆうかね、別にMAKO自身、明確に答えがあるわけじゃないから;;

けど何かこうずっと、何に対しても、“そんな感じ”で。
今ゆったこの「迷いや不安」とかに関しても、じゃあずっと情緒不安定で病んでたのかって言えば、
「そう」な気もするけど、やっぱ「そんなことはない」と思うし。

てゆうか、たぶん自分で「そう」感じる思いと、
一方でそれを客観的に「そう」なのかなって考えたときに、
なんかものすごくギャップとゆうかズレを感じるんだよね。
自分がふたりいる感じってゆうか、自分の中にふたつの主観が存在してる感じってゆうか。


その処理に戸惑ったり、ギャップに苛立ったり、
つか、いちいち自分の感情の方向を見極めるのに疲れたりして、
そんなうちは、ルーティンワークをこなすのでいっぱいいっぱいで。
てか、そっちに逃げてたってゆうか。。
バイトだろうが課題だろうが、決められたことをやるのがこんなに楽だなんてねー。


このなかなかにムツカシイ堂々めぐりで迷走する前に、具体的な話にいこう(爆)


***

“こんな風”になったのは、遡ればたぶん、春くらい?
(とかってほんと、あんまり深刻には捉えてほしくないんだよなーー
 すっごい自分の感覚とギャップを感じるんだよなーーー)

就活とかその辺かなぁ。

就活そのものももちろん大変だったけど、
でもMAKOはすっげー早く、短い期間で終わったから、
客観的に見れば全然苦労なんかしてないってことは、さすがに自覚してますけど(汗)、
ただ自分的に、就職活動だとか、その周辺の活動を経て、
変わったものとゆうか、感じたこととゆうか、気付いたこと、
それがなんか、漠然と自分の前に、「壁」として、「闇」として、迫って来て。


端的に言えば、これはきっと、
「将来への不安」。

だけどこれも、「そう」なんだけど、「違う」。


仕事ができるかって不安とか、人間関係をうまくやれるかとか、
ましてちゃんと生活できるのかとか年金はもらえるのかとかって話じゃ決してなくって(爆)、
あえてゆうなら、「環境の変化」だとか「未知」に対する不安かも。


もっともっとゆうと、自分の周囲で、
「変わる環境」と「変わらない環境」のことを思うと、
何だかとっても、恐く感じてしまって。


MAKOが、22歳の、1人の人間として、(あ、年取ったんですーー)
今まで色々なことを経験してきて、
それがドラマチックだったのか平々凡々だったのかなんてそんなん知らんけど、
たとえそれがどんなに波乱万丈だったとしても、
社会人は経験したことがないからさー。


それが、それ自体が不安なんではなくって、(もちろんそれもあるっちゃあるけど)
その大きな変化・初体験によって、多かれ少なかれ、MAKO自身も変わるんだと思うのね。
前向きに変わる部分、変わらざるを得ない部分、気付かないうちに変化してしまう部分、
きっとどれもあるんだと思うんだけど。
それは、大きくみて生活ももちろんだけど、心境面も含めてね。

MAKOの周りの友人たちも、そうゆう過渡期に、
共に差し掛かっている人はいっぱいいます。


だけど、私には、それとは別に、
この世界で作った、とってもとっても大切な輪があって。
それは、ここにいるからできた繋がりとか縁であって、
確かにひとつ、このブログが正にそうであり、“ここ”にMAKOがいる、立派な証なわけで。


なんかこう、MAKOの、KAT−TUNへの接し方とか、姿勢とかが、
万が一変わってしまったとして、(それは、“降りる”って意味ではなくて)
その輪も、私の中で、変わってしまうのかなって、
その輪の中で、私も、変わってしまうのかなって、
具体的にそんなビジョンが見えたわけではないんだけど、
なんだか漠然と、悲しく虚しく思えてきてしまって。

なんてゆうかたぶん、単なる頭でっかちな取り越し苦労なのかもしれないんだけど。
でも、MAKOがどう変わるかわかんないから、
けどそんなMAKO自身の勝手な変化があったとしても、
この輪はMAKOにとって、そしてMAKOの中で、変わらないでほしいもので。
わがままな願望ではあるんだけど。


みんなオトナの方だから、こんな青臭いこと恥ずかしいってか情けなくて言えなくて。
(とかってゆっちゃったけど(゜▽゜))
そもそも、自分の気持ち自体「こうなんです」って整理したものがあるわけじゃないし。

今、割と必死で、あーでもないこーでもないって整理しながら、
形にしてってる感じなんだけど。

ただ、何てゆうかその、自分の、自分ではどうにもできない子供っぽさが、
どうしようもなく歯痒かったり情けなかったり惨めだったり、
「わたしってこんな子供っぽくてよわっちい人間だったか??」って、
ちょっと、いやかなり辟易していたりして、
そうゆう葛藤がずーーっとつきまとってて。

それでパートナー君とも距離置いたり、(←さらっと。)
普通の生活もなんか、うまく行かない(って自分だけが感じる)ことが増えたりして。
逆に、バイトとか他人に迷惑がかかるような責任事だったり、
人からの誘いに何でも乗って遊び回ったり、
傍目から見るとすごくハードかもしれないけれども実際は、
自分の意志云々で動いてるわけじゃなくて
「迷惑がかかるから」とか「呼ばれたから」とか大義名分があるわけだから、
そうゆう、長いものに巻かれるとゆうか、乗っかって過ごすのが、本当に楽ちんで。
…とかいって入院とかも2、3回したんですけど(激爆)
ちょ、そのときはリアル、「ブログとかKAT−TUNどころじゃない」状況だったんだろうけど;


その“輪”の変化が、目下の懸念事項ってゆうことではなくって、
ただ、何てゆうか、今そばにあるこの恵まれた環境によって、
気付かされてしまった、って感覚。
だから逆に言えばたぶん、MAKOが普通の同年代と同じように生きてたら、
その潜在的な不安には、なかなか気付かなかったのかなーって気もして。


***


春のドームコンがあって、
夏のツアー、去年みたくたっくさん回りましたよ。
そうゆう不安定さを抱えたままではあったけど。
ま、来年どの程度回れるかわかんないしーとか思いつつ。
いくつかレポ的なものとかも書きました。


あのね、正直に、ちょっと、そうゆう不安を打ち消したくて、
「これからも自分は変わらずにKAT−TUNファンだ!」って
そんな自分の気持ちの大きさだとか場所だとかを再確認したくって、
足しげく、逢いに行きました。


だけど、そのときMAKOを迎えてくれたKAT−TUNがね、
そうゆうMAKOのぐちゃぐちゃした不安とか弱さとかを、
忘れさせてくれなかったの。
てゆうかMAKOにとって、それほどの威力ってか効力を発揮してくれんくて。。

ずーっと、
「わたしこの人たちのこと、この変わってく世界の中で、どう応援してくんだろ…」って。

ファンで居続ける意志さえ、がんばらなくても自発的に湧いて来てくれれば、
活動のがんばり方なんていくらでもあるだろって、
前向きな気持ちになれるだろうと思っていたのだけども。

そもそもMAKOひとりがたとえばKAT−TUNファンじゃなくなったところで、
KAT−TUNを取り巻く環境なんてこれっぽっちも変わらないんだけどさ、
ファンたったひとり、改めて向こうから捕まえ直してほしいなーってゆう、甘えがあって。
「俺たちは変わらずにここにいるよ」みたいな思いを伝えてくれたらいいなーと思って。
素で「NEIRO」のメッセージ性を、表現してくれたらなーって。

けど、その期待は特に叶えられなくって。

あ、でもそれは、MAKO自身に欠陥とゆうか問題があったのは確実にしろ、
KAT−TUNのお兄さん方に何か非があるのかどうか、それは客観的にはわからんよ。
「一般」と「ファン」ってゆう括り以上に、ファンだけでも、その数だけ見方や捉え方があるだろうし。


そんな風に、自分の内側も外側ももや〜〜っとしてたもんだから、
「KAT−TUNや仁くんどころじゃなかった」とか「ブログの更新どころじゃなかった」
ってゆうのも、「そう」であり一方で全然「違っ」て、
ずっとそばにあるはずのKAT−TUNに対する感情が、
もやもやに取り囲まれたことによって霧散して、見失ってしまったように感じたり、
こうして言葉にしようとすると萎えてしまったり、
今までみたいに鮮度を保ったまま急いでここに持ち帰って来て
“ブログ”ってゆう冷凍庫にしまう前に、溶けてなくなってしまう、、
みたいな感じ?ドライアイスみたいに。
「あれ?どこ行った??」って感じ。
なんてゆうかこう、気持ちの鮮度の足が、やたら速くなった(なんだそらー)

それがジュースとか最低でも水だったら、
形は多少変われどまたここで固め直すこともできただろうけど、
結構原型を留めないほどに跡形もなくなってしまうことも多くって、
たとえばレポなら、感動を含まずただ事実だけを並べることもできたけど、
MAKO的にそれは単なる作業でしかないからさぁ。
学校の課題以上につまんないことだから。

てゆうかびっくりしたのは、感動があったから覚えてられたんだよね、今までずっと。
感動が残ってるうちは、その事実の記憶も鮮明で、再現すら朝飯前だったんだけど、
感動が昇華してしまうと、恐いくらい事実も全っっ然覚えてなくって、
何てゆうかMAKOの記憶力もその程度かって感じ(爆)
…ってことに、気付いた(滝汗)


***


「そんな気持ちならファンやめちまえ」って、普通はそうかもしれんけど。
「そんな嫌々ファン続けられても迷惑」かもしれんけど。


でもMAKOにとって、ひーひー泣きながら、いちいち傷付きながら、
ファン活動を続けて毎日毎日振り回されることよりも、
ぱったりとファンであることをやめてしまって、楽ちんな一般生活にシフトすることの方が、
ひゃくまんばい、いやそれ以上に、超重労働なんですよ。

だから、「これじゃいけない」とは思いつつ、
単に“それだけ”の気力と体力がなかったから、ここへ留まっていた部分も、
あったにはあったかもしれない。

今は、違うよ。

KAT−TUNはきっとMAKOにとって今や、ライフワークとゆうよりそれ以上に、
三度の飯とゆうか、ほんとにお食事そのもので、
すっごくお腹を空かせて、わくわく食卓について、とってもおいしくいただけるときもあれば、
特にお腹が減ってなくても、食べないと支障をきたしたり、その時間が来たから食べるような、
でも、お腹は空いてなかったはずなのに、食べてみたら「やっぱおいしーー!」ってこともあって、
いつも結局「食べてよかった」「食べなきゃ後悔するとこだった」存在であり。

お金を稼ぐことを「食べる」って言い換えるけど、文字通り正にそんな感じ。
「嗜好」以上に、「必要事項」。

私自身の血や肉となっているわけだから、
そりゃ簡単に切り離したりできないわけだよね。

ファンとして胸を張ってるわけじゃないよ。
ただ、事実ってだけ。


***


この期間、嵐の国立にも行きました。
(これについてはね、、別のとこに書いたんですけど。。)


正直、漠然と、「楽しかった」のは嵐だったな。
けど、MAKOにとって「必要だった」のは、常にKAT−TUN。
きっとそれは、いつも変わらないことだと思う。


これは、私にとってKAT−TUNはこう、嵐はこうって話だから、
どっちかを意図的に上げたり下げたりしてるわけじゃないし、
こうゆう風にそれぞれの位置を把握して、ここに整理することで
自分的にすっきりしたり満足できることもあるから、
個人的な意見の相違は胸にしまっていただきたいんですが。
(たまたまMAKOにとって嵐が身近だっただけの話だし)


「この演出、うちでやったとこ見てみたいなー」
「こんなダンスも、うちの人たちで見てみたいなー」
ってのは、昔っから思ったりもしたけど、(そしてそれは嵐担ともお互いにね)
でも今回は、
「嵐のこーゆうとこ見習ってほしいなー」「うらやましいなー」
ってのが多かったかも。(←正直者。)

 
でもわかると思うけど、「じゃあ嵐担になればいい」とか、「降りればいい」とか、
そうゆう単純なことじゃないんだよね。


半ば投げやりに、自棄気味に、
「嵐担はいいなー」「嵐担は幸せだなー」「嵐担は楽だなー」
「いっそ嵐担になっちまおうかなー」って自虐に走ったりもしたけど、
けどよくよく考えると、(いや特によく考えなくとも;)
そもそも“担当”だからこそ、悲しかったり、傷付いたり、するんだよね。
だから、嵐コンが楽しければ楽しいほど、素晴らしければ素晴らしいほど、
悔しくて悔しくて。悲しくてたまらなくって>< 
(あ、単純に嵐コンは心からvたっぷり堪能しましたよ。もちろん。)

だってたぶん、嵐からどれだけの楽しさをもらうことはあっても、
彼らに何かあったとして、それで自分が傷付いたりショック受けたりは、きっとしないもん。
「嵐担は楽」だなんて、そりゃ、それこそ他担だからこそ言えるお気楽な発言でした。
それに関しては、嵐担の皆さん、ごめんなさい。。
私のそばで、嵐担がどんだけ傷付いて来たか見て来たはずなのにな、、(反省><)


KAT−TUNを見ていて、
苛立ったり、腹が立ったり、ショックを受けたり、傷付いたり、悲しかったり、
そんな感情が湧き起こるうちは、
きっと、他担じゃあ気付けないような、担当だからこそ享受できるような、感じられるような、
そんな“幸せ”、“喜び”も、KAT−TUNからきっともらえるってことだよね。

楽しみだな。


***


またモチベーションが上がったのは、
直接的に、この一連の仁くんのソロ活動が原因ではないんだけど。

でも、直接触れた、ソロ活動中の仁くんや、直接数回聞いた、彼のソロ曲が。
私を揺さぶって、「起きろーー!」ってやってくれたことも、絶対。


今割と、初めて仁くんを知ったときのことだとか、ときめいたことだとか、
KAT−TUNってゆうグループに惹かれた経緯だとか、
最初は「すきー」って嬉しい気持ちだけだったのが、
彼らに何かあったときに、初めてショックを感じたときのこと、
KAT−TUNが、赤西くんが、私の心を、良くも悪くも揺さぶってきたこと、
彼らの何に、私がどんな風に、関わってきたかってことを、思い返しています。

KAT−TUNのエピソードだけじゃなくって、そこに自分がどう存在してたのかって。
KAT−TUN“との”思い出を、振り返っています。

考えてみたらそれって、ファンの数だけあるんだね。
KAT−TUNの歩んできた過去はたったひとつだけど、
KAT−TUNとの思い出だったら、何万通りもあるんだよね。
その別個の思い出同士が、ときに交わったりもしつつ、
でもまったくおんなじものは、ふたつとしてないんだよね。
そんな風に他人の人生に関われるなんて、すごいなぁ。

常に「うれしいたのしいだいすき!」ではなかったにしろ、(←ここへ来てまさかのドリカム。爆)
確実に言えるのは、彼らが喜びを感じているのならそれは私にとっても絶対に喜びだったし、
彼らの苦境は私にとっても、悲しみやショックであり、試練だった。

運命共同体だった。

その事実、てかその感覚、今鮮明に、思い出してるかも。
こんなにドチドチわくわくしてるもんだったっけな。


ちょうどそんなときに、ソングスを読んで。
てかここ数ヶ月、どの雑誌も買いっ放しだったから、
ちょっと上がり気味になったところで、何となくふと読んでみて、よかったよほんと。


あの頃の気持ち。
毎日毎日バカみたいに、ここにしたためたい思いが溢れ返ってしょうがなかった頃の衝動が、
むくむくと頭を擡げている感じ。

書きたい!って、今、思ってる。思ってるよう、仁くん。(ばしばしっ)
たぶん、だからソングスのエントリは、前みたいな語り方ができそうな気がしてます。
ま、だから何だって、完全に自己満ですけど;


だけど、さっきの話に戻るけど、
KAT−TUNと共に喜びながら、傷付きながら過ごして来た私だから、
きっとこれからだって、KAT−TUNのファンだからこそ感じうる、
苛立ちや悲しみも、あるだろうと思う。

でもそれも、私がKAT−TUNファンである、立派な証だし、
私の感動にはなくてはならないエッセンスなわけで、
ここが私の感動表現の場である以上、
心の赴くままに、多少の“編集”はしても、偽ったりせずに書いてくつもりです。
だってMAKOは、KAT−TUNの、“担当さん”だもん。


これから、ナツくんの仁くんに捕まえてもらったら今度は、
KAT−TUNのAくんに、捕まえ直してほしい。
ロクーンの力でもって。この不安を、押しやるくらい。
今ならMAKO、取っ手付だぜ☆(←「ここをお掴み下さい」の意らしい、爆)
波打ち際のバカップル並にいちいち振り返りながら、
「捕まえてごらんなさ〜〜い」ってしてるぜ☆(←もはやただの意地っ張り!)


***


がんばって、応援してくから、そのつもりでいるから、
ちょっと、ちょっとは、甘えさせてね。


よしっ ソングス!!


の、前に、寝る!!! (激爆)

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